中島みゆき 歌旅劇場版2012年06月07日 15時59分05秒

歌旅3

 映画を見に行った時のPRで中島みゆきのコンサートの様子が映画として放映されることを知り、さてどうしようと思った。見てみたいな…と思いつつ、こうした劇場でのライブ的な映画はかつて17回見に行ったマイケル・ジャクソンの「This is it」があるくらいで、マイケル・ジャクソンのように見せるステージとは思えない中島みゆきのライブ映像だと拍子抜けするのではないかと思ったからである。

 しかし、何を隠そうもう何年前になるのだろうか、筆者は日本武道館での中島みゆきのコンサートに行ったことがある「前歴」を持っているゆえ、見たいという願望もあった。そして、ついにその願望に勝てず、前売り鑑賞券を購入し見てきた。平日の17時55分からという中途半端な時間帯でもあり、さすがに観客の数も少なかった。

 中島みゆきの曲は大量にあるゆえ、一時期カセットテープに録音し、聴いていた頃の曲なら知っているのだが、調べてみるとそれもせいぜい1986年くらいの曲までで、それ以降はほとんど知らない。そんな状況だから、前述した日本武道館でのコンサートも一体何年のことだったか、まったく記憶にない。

 ただ、鮮明に覚えているのは1986年11月に発売された「36.5°C」というアルバムに収録されている「HALF」という曲をスタートに歌い、この曲をご存知の方ならわかると思うが、結構盛り上がりのある曲で、どう考えても終盤に位置する曲で、筆者はその曲調からラストの曲に相応しいと思えるほどの曲である。その曲をオープニングで歌い、歌い終わった後に中島みゆきさんが、「これで終わりにしたら怒るでしょうね」と冗談を言ったのを覚えている。

 確かにラストソングに相応しい盛り上がりのある曲だから、恐らく当時そのコンサートを見に行った観衆は筆者と同様に思ったのではないかと思う。中島みゆきさん自身もそのようなコメントを言ったということは、あえてオープニングにもってきたことに対する彼女なりの独特の作戦だったのではないかと思える。

 さて、映画の話だが、上映された曲では2曲ほどしか知った曲はなかったのだが、素晴らしい映像だった。まずやはり劇場の超大画面で迫力があるし、何よりも一般家庭では絶対に不可能な大音量で曲が聴けるから、まさにコンサート会場で生で聴いているような迫力である。かつて日本武道館で見た時は、当然ながらかなり後ろの方の座席だったこともあり、中島みゆきさんも米粒くらいにか見えないから音量はともかく、その表情とかまったくわからなかったが、映画ではそれがしっかりとわかるという利点がある。

 中島みゆきさんの曲はゆったりしたものもあり、また結構ハードなものもあるが、それを、メリハリをつけてまったく違う歌い方をするが、その表情や動作での表現も映画の場合はよく見られたから、その意味ではさらに曲に対する感情までもが十分に感じられた。「ファイト!」などは身震いするほどのメリハリだった。上映された曲が、結構盛り上がりのある曲が多かったせいもあるが、その度にこれで終わっちゃうのかな?と何度か不安さえ感じた。最後の曲は「背広の下のロックンロール」という曲だそうだが、この曲の後、テロップが出たときにはあ~あ、終わっちゃった…と思った。

歌旅2

 そして、見ている途中、何度も思ったことが、「はてっ?中島みゆきさんて、一体いくつなんだ?」ということだった。少なくとも筆者(56歳)よりは上だとはわかっていたが、それにしては声の質も声量もほとんどかつてよく聴いていた頃と遜色ないから、つい年齢が気になった。調べてみると1952年生まれで60歳とのこと。このライブが2007年のものということは今から5年前で55歳時ということになるが、まったくそんな年齢を感じさせない歌声だった。そしてバンドのメンバーも筆者と同年代くらいの人が多く、何かその意味でも妙に親近感を覚えてしまった。

 それにしても長きに渡って一線で活躍し、まったく衰えを感じさせないアーテイストだとつくづく思った。ただ映像で見るのも、もちろんいいのだが、言葉を聞かせる歌が多いから、映像があるとついビジュアルに目が集中してしまう傾向があるかな、とも思えた。歌われている歌詞に衝撃があるアーティストだから、じっくり曲に集中できる方がいいのかも?とも思えた。

 ともかく十分に堪能できた2時間だった。唯一の不満と言えば、せっかく、前売り券をネット経由で購入したのだが、ほとんどその「恩恵」がなかったことである。この映画は2000円オンリーで、特に劇場で実施している割引やサービスからは対象外とのことだったので、前売り1700円で購入すれが300円お得…と思ったのだが、手数料・発券料という名目で各105円かかり合計210円上乗せとなり、1910円…つまり当日劇場窓口で購入するより90円お得…というだけであった。まぁ、2000円払っても十分に納得の映画だったからいいのだが、その点だけがちょっと悔しい思いであった。鑑賞してから少々時間が経過してしまったが、ほんの感想として記した。

歌旅1

石野田奈津代「60億の涙」コンサート2009年10月04日 08時59分20秒

石野田奈津代コンサート

 9月27日(日曜日)、横浜BLITZで行われた石野田奈津代さんの「60億の涙」コンサートに行ってきた。この件に関しての詳細エッセイは筆者の運営する「ともだちMUSEUM」内の管理人室の「徒然エッセイ」第43話として公開しているので、そちらをぜひご一読いただきたい。

 その文章をそっくりそのまま、このブログで公開するというのも芸がないし、かといってエッセイとしては長い文章をダイジェストにしてブログ公開というのも、やはり内容に無理が出ると思うゆえ、このブログでは多少、重複する部分も発生するが、むしろ前回このブログでアップした石野田奈津代さんの最高峰名曲ともいうべき、「永遠」について記してみたい。

 前回のブログでも記した通り、「永遠」という曲は歌詞もメロディも素晴らしい曲である。知っている方には何の説明も必要ないが、石野田奈津代…って誰?「永遠」なんて曲、知らないよ…という人のために、記したいと思う。

 歌詞を聴けば、この「永遠」という歌が失恋をテーマとしていることがわかるだろう。失恋というのは、ほとんどすべての人が必ず経験する何とも切なく、苦しいものである。一体なぜ人間というのは、人を好きになるのだろうか?その思いは、一体なぜ、こんなにも燃え上がってしまうものなのか?

 そして、それゆえにその思いが破れた時は、大きな精神的ショックを受ける。もちろん、恋愛の度合いやショックの度合いも人それぞれゆえ、何ともいえない面も多々あるが、強烈なショックを受けるものである。

 石野田さんのプロフィールを読むと、当初は小・中学校でイジメに合い、見返してやる!という思うで歌手になってやる!と決意したそうである。そして、その後、詳細は不明ながら大恋愛をし、その相手の浮気が発覚し、失恋という痛手を負ったようである。こうしてコンパクトに書いてしまうと、さっぱりその経過等も不明で理解もし辛いが、もちろん筆者もご本人から詳細を聞いたわけでもないゆえ、あくまでもプロフィールに記されていることを書くしかない。

 その失恋のショックから、その思いを作詞・作曲という音楽にぶつけて表現したという。コンサートの曲の合間のコメントでも自身のそうした失恋のことはごくコンパクトにだったが話していた。「永遠」という曲の詞を読むと、確かにそうした思いが見て取れる。「何年経っても きっと思い出す あなたを」…というフレーズは2度繰り返されているが、今現在はともかくとしても、この曲を作った当時は失恋しつつも未練が残り、ふと思い出したように過去の楽しかった日々の記憶が押し寄せてくるのだろう。

 コメントで彼女は、「忘れられないことは無理に忘れなくていいと思う」というようなことを言っていた。筆者もまったく同感である。人は人生を生きていく上で、何度も大きな悲しみに遭遇する。その渦中にいるときは、あまりの絶望感に打ちのめされ、生きることすら辛くなることもあるだろう。

 しかし、多くの人はそれでも生き延びる。それは、悲しみの感情や記憶は時間の経過とともに薄れていくからである。時間がすべてを解決する。もちろん、立ち直っても、またふとした瞬間に鮮明に蘇る記憶に絶望的に悲しくなる時が来る。

 しかし、それもまた時間の波が少しずつかもしれないが、遠くへ押しやってくれる。そんなことを何度か繰り返し、あれほどの悲しみや絶望感は、いつしか笑顔で話せるようになる。悲しみや苦しみは決して一所に留まることはない。だから人はみんな生きていける。

石野田さんは当人にしか決して知ることのできない悲しみを体験したが、それは結果的に人の心を激しく揺さぶる名曲に結実させた。悲しみがあったからこそ、生まれた曲である。疑似体験や想像でものを創り出すことは不可能ではない。が、実体験に裏打ちされた言葉やイメージは、何よりも強烈なインパクトを持っているものである。

この「永遠」の素晴らしさは、歌詞は確かに失恋した悲しみから立ち直ろうともがいて、回復の兆しがありつつも、ふとしたことで過去の記憶が呼び覚まされ、狂おしいほど切ない思いを抱き、その自分の感情はきっと何年たっても、いつまでも心に染みついているだろう…というネガティブかつノスタルジックだが、曲調は決して暗くない。

 いや、むしろ希望に満ち溢れるごとく明るささえ感じる。プロモーション・ムービーでも海辺で女の子が心の中は悲しいが、精一杯笑顔を作っている様子がクローズアップされている。

 多少、無理をしているかもしれない。やせ我慢かもしれない。でも、精一杯、笑顔を作って、がんばって生きていこう…という、悲しみに沈む人たちへの応援歌なのである。もし、これでメロディが限りなく暗く、沈んだ旋律だったらただ単に悲しみに沈み、恨みつらみしかイメージできないだろう。それが、爽やかさすら感じさせる美しいメロディによって、精一杯の生きる決意をにじませているように思える。

 石野田さんのことをメディアは「泣かせるシンガーソングライター」というキャッチフレーズで取り上げたらしいが、まぁこうしたキャッチフレーズは、あくまでもPR目的であり、印象に残るネーミングをするものゆえ、何とも言い難いが、「泣かせる」ということを説明するなら、それはやはり実体験が歌詞に表現され、それを美しく爽やかなメロディが包んでいるから、聴くものにとって心に響いてくるのだろう。

 世の中には感動的で、人の涙を誘うフィクションはたくさん存在する。しかし、どんな些細なことであってもノンフィクションを凌ぐフィクションは存在しないと筆者は考える。

 「永遠」はそのテーマが失恋…かもしれないが、その内容は失恋に限らず、悲しみ、苦しみ、絶望…すべてに置き換えて聴くことができるのではないだろうか?勝手に下手な分析をして、勝手に記しているゆえ、もしかしたら、作者である石野田さんがこの文章をご覧になったら怒るかもしれない。

 が、作品に対する捉え方は十人十色であり、解釈の仕方は自由である。心を揺さぶられることに変わりはない。「永遠」という曲で表現されている世界がまったくピンと来ない人がいるとしたら、その人はある意味では幸せであり、またある意味では不幸である。

 長々と自分勝手に石野田奈津代さん作詞・作曲の「永遠」を分析もどきに説明してきたが、そもそも音楽に限らず、美術や芸術などのクリエイティブな作品というものは、それを理屈をこねて解説したり、理解したりするべきものではない。

 聴いて感動すれば、それは名曲なのである。感動するということは心が揺れ動くことである。こみ上げてくるものがあることである。まだ、「永遠」という曲を聴いたことのない方は、ぜひ一度でいいから聴いてみてほしい。きっと心が動かされるはずである。人間としての心を持っていれば必ず何かを感じるはずである。自信を持っておすすめできる名曲である。

石野田奈津代さんの名曲「永遠」2009年09月21日 00時03分34秒

永遠DCジャケット

 筆者は自宅から最寄り駅までは自家用車を使用して日常通勤しているのだが、その車中は必ずラジオを聴くことにしている。別にPRするわけではないのだが、聴くチャンネルはTBSラジオ1本である。

 これには訳があって、アンテナの具合のせいなのか、電波の状況のせいなのか、なぜかTBSラジオがもっともよく聞こえるからいつの間にかTBS専属リスナーとなってしまったのである。

 かつては、勤務先まで車通勤だったが、朝は早かったので生島ヒロシさんの番組、森本毅郎さんの番組と聴きながらが日課だった。そして帰りは野球中継があるときはTBSナイター中継を聴き、野球がないときもTBSラジオである。夜はほぼ必ずバトルトークラジオ「アクセス」を聴いている。

 そんなある日、数ヶ月前の番組(何という番組か、忘れてしまったが)でゲスト出演して、その番組の中でミニライブを行ったのが「いしのだなつよ」さんというシンガーで、その時は太田裕美さんのかつての大ヒット曲「木綿のハンカチーフ」をギター1本で歌ったのだが、これが結構いい感じで、うろ覚えで「いしのだなつよ」という名前を記憶していた。

 最近になってTBSラジオでこの「いしのだなつよ」さんのコンサートのCMや「60億の涙」というアルバムのCMをよく耳にするようになった。そしてそのBGMで流れている曲…これが何とも切ない曲で強烈な印象に残った。こうしたCMで曲を流す場合、決まって曲のサビの部分を流すのだが、1度聴いた時からとにかく気になる曲となった。

 久々に耳にするいい曲である。今はインターネットで検索すれば、ちょっとした情報さえあれば、それをキーワードとして調べられる。 早速、「いしのだなつよ」で検索して、「石野田奈津代」という漢字がわかった。そしていろいろな曲がリストアップされたが、はて?ラジオで聴いたあの切ない曲はどれだろうか?印象に残っているキーワードは「夕焼け雲」だった。

 ネットで彼女の曲の歌詞を順番に調べて、「夕焼け雲」というワードが入っている曲を調べた。 …と、見つかった!どうやらこの曲らしい。「永遠」というタイトル。いろいろと調べると動画配信サイトで「永遠」のプロモーション・ビデオ動画を大人気のYouTubeで見つけた。早速見てみた。間違いない!この曲だ。

 電車の運転席から始まるこのムービーは歌詞のイメージをそのまま表現しているストーリーである。それにしても…何と切なく、それでいて心を震わせるようないい曲だろう…。こんな風に感じた曲は本当に久しぶりである。何度そのムービーを見直し、曲を聴き直したかわからないほどである。

 こんな素晴らしい曲を歌っている石野田奈津代という人はどういう人なんだ?…早速ネットで調べると、いろいろ挫折も味わってきたようで、今回メジャー再デビューとのこと。そういえば、数ヶ月前にラジオで聴いた時にもそのようなことを言っていたが、はて?再デビューって、一体どういうことだろう?と思ったものである。

 プロフィールを読むと、路上ライブなどを経て、のし上がってきた苦労人らしく、紆余曲折の人生を歩んできているようである。 筆者のように、つまづきばかりの人生には共感できる面も多々あるようである。そうした苦労と地道な音楽活動が、徐々に人々の心に響き、テレビや新聞など様々なメディアで「泣かせるシンガー・ソングライター」として取り上げられ始めたとのことである。

 ふ~む…確かに「泣かせる…」と言えるかもしれない。試聴で彼女のほかの曲も聴いてみたが、筆者にはこの「永遠」が最高にいい曲である。

 それにしても…世の中にはよくある傾向だが、なぜこのような素晴らしい曲を作詞・作曲し、歌唱するシンガーがもっと脚光を浴びないのか?思い起こせば、石川優子さん、倉橋ルイ子さん、森川美穂さん…。筆者が非常にお気に入りだった女性シンガーだ。

石川優子さんはチャゲとのデュエットの「ふたりの愛ランド」でちょっと脚光を浴びたことはあったし、森川美穂さんもアニメ「ふしぎの海のナディア」の主題歌「Blue Water」でちょっとは名前を売ったことはあったが、決して超メジャーなシンガーとはなれなかった。

 倉橋ルイ子さんなどは多分ほとんどの人が誰それ?…という感じだろう。「ラストシーンに愛をこめて」という筆者に言わせればバラード曲の最高峰の1曲に挙げられる名曲を歌った実力派歌手だったのに…である。 この3人も歌唱力は素晴らしいものだった。決していわゆるアイドルではないが、歌唱力は抜群だった。いい曲も歌っていた。

 世の中でヒットする曲は、もちろんそれなりの要素があるからだろうし、曲に対する好みは十人十色ゆえ、何とも言えない面も多々あるが、少なくとも筆者は歌詞を大切に扱い、その歌詞を十分に際立たせる旋律の曲が好きである。もちろん、シンガーである以上、カラオケで熱唱する程度のものではプロとして困るわけで、やはり抜群の歌唱力がなくてはダメである。

60億の涙

 今回、ここに紹介する石野田奈津代さんというシンガーソングライターは、久々に筆者を唸らせた人である。特に「永遠」という曲。いわゆる透明感のあるような声質ではないが、この曲を歌うには、この声質しかない…というまさに完璧にすべてがマッチして、切ないストーリーを歌っている。メロディーも切なすぎる。心に響きすぎる。

 何で、このような名曲がもっと脚光を浴びないのか! 実力派シンガーをもっと表舞台にのし上げてあげないのか?何とも世の中の理不尽ささえ感じる。

 もっとも、こうした傾向は歌の世界に限ったことではなく、ほとんどの世界であることである。チャンスさえあれば、世に出ていけるだけの十分な力を持ちながら、たまたまそのチャンスがないばかりに埋もれている才能はあまりにも多い。

 まぁ、ファンというものは面白いもので、ひそかに発掘したアーティストを賞賛し、なぜこのような人が埋もれているのか?…と不平を言いつつ、メジャーになってしまっては、こっそり自分だけで応援していたのが世間一般に広く知れ渡って、自分からかけ離れた存在になってしまうことにもちょっぴり抵抗感を持つものである。

 それでも、やはり素晴らしいものは素晴らしいし、いいものは広く世間に認知されるべきものなのだ。 石野田奈津代さんというシンガーは、その賞賛を受けるだけの挫折と努力をしてきた人であり、何よりも心を揺さぶる素晴らしい音楽に対する才能を持っている。

 何をいまさら…と石野田奈津代さんファンはお怒りになるかもしれないが、ファン新参者として、まだ石野田奈津代さんというアーティストを知らない人に、ぜひその素晴らしく、切ない、心を揺さぶるメロディと歌詞と歌唱力を聴いてほしいと切望する次第である。

 ちなみに「永遠」のプロモーション・ビデオはYouTubeで視聴できるので、ぜひ一度、ご覧になっていただきたい。

 また、石野田奈津代さんの公式サイトでもコンサート情報や新譜情報なども公開されており、ブログも開設されているので、ご来訪してみていただきたい。
石野田奈津代公式サイト
石野田奈津代公式ブログ