2011年1月1日2011年01月01日 21時05分48秒

 新年となった。考えてみれば、子どもの頃は大晦日の夜くらは夜更かししても叱られず、今でいうカウントダウンを果たしてどこで、どのような状況で迎えたか、学校が始まると友だちと話したものだったが、まさに今は昔である。

 いまどきの子どもたちは到底そんなことはしないだろうし、大晦日から日付が変わり、新しい年になる瞬間の状況自慢などまったくナンセンスなことだろう。

 よく年を取ると月日の経過するのが早く感じるというが、まさにその通り。筆者も完全なオヤジ世代として、時間の経過の早さに愕然とするばかりである。そして、新年などという状況でも特に改まった感慨もなく単に1月1日という翌月に変わっただけであとは曜日を追うのみである。

 大晦日などもかつてのようにお決まりの日本レコード大賞を見て、紅白歌合戦を見て、行く年来る年を見て…などということはまったくなく、気づいてみたら12時を過ぎて新年になっていた…という状況だ。

 年賀状も今ややむなく簡単に済ませようと市販の年賀状デザイン集などから作成し、宛名も専用ソフトで印刷。いくら何でも全部印刷は味気ないと、多少のコメントは手書きするようにしているが、昨年はとうとうその年賀状書きも大晦日の土壇場まで追い込まれて仕上げたような有様だった。

 まぁ、それでもとりあえず2011年という新しい年となったゆえ、まずはしばらくサボっていたブログを書くことにした。今年の抱負…などという言葉も今となっては懐かしい。

 それなりの意気込みをもって、前年が不調であれば、今年こそ!などと意気込みを抱いたものだが、ここ10数年来ほとんど同じような状況で、どっぷりと底辺を這いずり回っていると、せいぜいちょっとは浮上したいものだ…程度の「意気込み」しか湧いてこない。

 と、言うよりそうしたことはあまり考えていない。とは言え、心の奥底では、せめて前年よりはちょっとはマシな年になるといいな…などと思っているというのが本音だろうか。果たして来年の今頃は、一体どういう状況で何を思っていることやら。

初心者には「?」パリーポッターと死の秘宝PART12011年01月02日 10時32分45秒

ハリーポッター1

 映画館の予告編で、かの大ヒットシリーズ作、ハリーポッターの最終編なる「ハリーポッターと死の秘宝」を見た時、ただでさえSFやファンタジーが好きな筆者としては大いに興味をそそられた。が、いかんせんこのあまりにも有名なシリーズを筆者は何とまったく見たことがないのである。

 一体何故、そのような不覚を取ったのか?特に明確な理由はないのだが、あまりにも話題になったゆえ最初で逆に反発して拒否したこともその大きな要因だったと言うべきかもしれない。

 テレビで何作も放映されていたし、レンタルビデオ(今となってはDVDだが)店でも、何度もレンタルするチャンスはありつつ、まったく素通りしてきた。それが映画館で予告編を見た時、おっ!ハリーポッターって面白そうじゃん!と思ったのである。

 しかも最終章となる「死の秘宝」はPART1と2に分かれているとのこと。ならば、まずはPART1を見ておかなくては…と思った。ところが、ここでまた躊躇すべき事態が発生した。某ラジオ番組の映画レビューコーナーで、このハリーポッターと死の秘宝が取り上げられたのだが、どうにも難しい評価だったのである。

ハリーポッター3

 いや、マイナス評価だったのではないのだが、そのパーソナリチーもじつは筆者同様にハリーポッターシリーズはまったく初めてとのことだったが、まずその第一声が初心者には非情にハードである…という評価だったのである。その意味は、通常シリーズものの作品の場合、前作や今回に至るまでの経緯を簡単なダイジェスト・スタイルで回想し、本編が始まるパターンが多いが、ハリーポッターに至っては、そうしたサービス精神はまったく皆無のため、初めて見る者にとっては最初の数十分は何が何やら理解するために頭w悩ますとのことだった。

 え~?やっぱりそうなのか?常連でないと理解不能なのか?筆者の頭に不安がよぎった。何やらパリーポッター専用の用語もポンポン飛び出し、常連には簡単に理解できる単語すら理解しかねるらしいのだ。

 う~む…どうしようか?見るべきか、やめるべきか…が、有効期限が直前に迫っている1本無料で鑑賞できるスタンプカードがあったこともあり、じゃあこの無料鑑賞券で見てみるか…と決断した。でもって、ついに今更ながら初めてハリーポッターシリーズを見た。…結果…某ラジオパーソナリティのおっしゃる通りでした。

 サッパリわからん!情報通り、ここに至る経緯などのダイジェストはまったくなく、突然に今回の最終章が始まった。用語も理解できない。しかし、まぁ見ていりゃ何とかなるだろ…とタカをくくっていたのだが、どうにも何とも言いがたい状態のまま終わってしまった。登場人物がどういう役割を持ったものなのか、どういうスタンスにいる者なのかすらわからん!

ハリーポッター4

 ファンタジー映画なのだから、おお~!と驚嘆するような場面がふんだんに登場するのかと思ったが、それほど大掛かりなシーンなども感じられなかった。おまけに冒頭に記した通り、今回の最終章はPART1と2に分かれており、今回はその1である。前編である。だから結末ももちろん中途半端である。ハリーポッターの宿敵というヴォルデモート卿(何か鼻がつぶれたような容貌の人物)が、何者なのかもわからん!どうやら悪者一味の親分なのだとはわかっても、それがどのような経緯を経て、今回に至っているのかすらわからない。

 何でもこのヴォルデモート卿の魂が宿った分霊箱を破壊することが、この悪漢を退治する唯一の方法らしく、その分霊箱捜しの旅が話の本流のようだが、主人公ハリーポッターと親友ロンとハーマイオニーの3人が途中仲間割れしたりと、少々情緒的な面が描かれているのだが、初心者の筆者にとっては、そんな仲間割れなどはまったく退屈な展開にしか過ぎない。

 分霊箱なるものを早く見つけて破壊しないと悪漢ヴォルデモート卿のパワーが増大してしまうのだろうか?ならば、どんどん話を進めて、その過程で驚嘆するような特撮シーンをふんだんに見せてほしい!…などと思った。ガンガン魔法を使って、魔法対決シーンをもっと見せてくれないかなぁ…と思ったが、それもいまいち期待はずれ。

 ラストシーンがこの悪漢の親玉ヴォルデモート卿が何やら行動を始めるような感じでENDとなったから、もしかすると後編に面白さが凝縮されているのだろうか?前述した某ラジオパーソナリティ氏が評していた内容、また別のレビューなどを見ると、シリーズものではあるが、単体作品としても十分に楽しめる…などという評価もあったゆえ、ならば自身はどう思うか?と見たのだが、筆者は個人的には前者で単体作品としては少々ハードルが高いと思えた。

ハリーポッター2

 ただ、これはあくまでもまったくのパリーポッター初心者の筆者の個人的見解である。ゆえに大ファンの方からは大いなるブーイングを受けることは十分に承知の上である。後編を見れば、また違うのかもしれないし、これを機会に最初からDVDなどで見るべきなのかもしれない。

 SFやファンタジーにも多種多様なスタイルがあるからもしかしたら体質的に筆者はハリーポッター向きではないのかもしれない。ロードオブリングなどもチラッとレンタルビデオで見た記憶があるが、結局途中で断念してしまったことがあった。しかし、世界的に空前の大ヒットとなっているシリーズである。やはりそれだけの魅力ある作品なのだとは思う。あくまでも筆者個人の見解が「?」だったとご理解いただきたい。

やはり素晴らしい!「ネバーエンディングストーリー」2011年01月09日 14時23分42秒

ネバーエンディングストーリー01


 最近、中古品で「ネバーエンディングストーリー」のDVDを購入した。もうかなり前になるが、劇場で鑑賞し大感動し、当時レンタルビデオショップでビデオをレンタルし、ダビングして何度か繰り返し見ていた。いつしか時代はビデオからDVDに変わり今やブルーレイなるメディアも当たり前となり、ビデオはもはや過去のものとなりつつあり、いつか保存してあるビデオで「これは!」と思う映画はDVDに買い換えて、ビデオは処分しようと思っていた。

 そんな「これは!」と思う代表的な映画が「ネバーエンディングストーリー」だったのだが、その後いろいろな作品が出現し、買い忘れていた。最近、無性にまた「ネバーエンディングストーリー」が見たくなり、今やDVD映画も安価で購入できるから、早速購入しようとネットで検索した。

 ところが、時すでに遅し!「ネバーエンディングストーリー」のDVDはもはや新品ではどこでも購入できそうにない事態に直面してしまった。こうなると不思議なもので、何が何でも欲しくなってしまうものである。 そこで、ネット検索で探しまくり、ようやく中古品を探し当てた。ただ、どうせ購入するなら可能な限り状態のいいDVDにしたいと、いくつかのショップを検索し、ようやく念願叶って「ネバーエンディングストーリー」の中古DVDを購入した次第である。

ネバーエンディングストーリー02


 そして、ひさしぶりにDVDで見た。そして、改めてこの映画の素晴らしさに感動した。調べてみると、この「ネバーエンディングストーリー」は1984年に西ドイツ・アメリカで製作され、日本では翌1985年3月に公開された映画とのこと。つまり今から26年前の公開作品と言うわけである。思わず仰天した。26年も前の映画だったのか!と。自身の年齢を振り返ってみると、何と28歳の時の映画なのだ。それが今見てもこれほど素晴らしいものとは…。

 今や、映画技術も当時と比べれば、格段の進歩で、3D映画も当たり前となりつつある状況だ。そんな中でこの「ネバーエンディングストーリー」を比較したとしたらどうだろう?ふと思った。それが不思議なことに、26年前の作品とは思えないほど、よくできているではないか!下手な3D作品など足元にも及ばないのではないか!際立った特撮などがあるわけでもないが、一向に古ぼけない。

ネバーエンディングストーリー05


 今だに主人公・バスチアンとか、アトレーユとか、ファルコンとか、ロックバイターとか鮮明に登場人物の名前を覚えている。3D映画の先駆ともなった「アバター」などと比べると、確かに映像技術的には物足りないと言われるかもしれないが、そうした技術を超越したストーリーの素晴らしさがある。こうした「昔」の映画を見て、年月を超越しても十分に鑑賞に耐える作品こそが、本当に名作映画といえるのだろうとつくづく実感した。

 そういえば、まったく質は異なるが、「ローマの休日」なども同様である。何とモノクロ作品である。出演したオードリー・ヘップバーンやグレゴリー・ペックなどの服装や周囲の景色などを見れば、確かに「昔」ではある。時代遅れかもしれない。しかし、ストーリーの確かさや感動は今もまったく変わらずに、恐らく多くの人の感動を呼ぶだろう。

 ところで、この「ネバーエンディングストーリー」の文章を書くにあたり、あまりに昔のことゆえ、いつ公開された作品だったか、ネットで調べたところ、ウィキペディアによると、非常に興味深い記述があった。原作は知る人ぞ知る、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」だが、この「ネバーエンディングストーリー」は、当時、この原作者ミヒャエル・エンデと裁判騒動があったとのこと。

 以下はこのウィキペディアで記載の内容を引用させてもらう。
 原作者エンデの希望は監督は黒澤明に任せ、撮影はヨーロッパ、役者は皆ドイツ人で揃える、異世界の姫君である「幼ごころの君」役の女優だけは日本の白装束を着た少女であるべきという内容だったと言われている。重要な役回りの強大な竜「ファルコン」については、可愛らしいドラゴンではなく、中国の伝説の龍のような神秘的な存在にすべきと考えていたらしい。(ウィキペディアより引用)

 これは今初めて知ったことだが、もしエンデの要望通りだったとしたらどのような映画になったのか、わからないが、筆者としてはあの公開された状態でよかったのではないかと思えるのだが…。また、同じくウィキペディアによると、映画のラストシーンもエンデの意図と正反対だったとのこと。

果てしない物語表紙


 調べれば、いろいろあるようで、オリジナル映画は2時間の長編だったらしいが、日本で公開されたのは1時間半と、30分のシナリオカットもあったらしい。そうした逸話はともかくとして、とにかく「ネバーエンディングストーリー」は名作である。「無」に支配されて「ファンタージェン」が崩壊していく状況は、筆者にも忘れていたことを蘇らせてくれる。

 続編として2・3もあるが、実のところ、筆者は2を見て失望し、3は見ていない。最初の映画では、アトレーユが美形の少年で、主人公バスチアンはどちらかというと控えめな少年だったが、2ではそれをそっくり入れ替えたようで、バスチアンがハンサム少年になり、アトレーユは控えめだった。

1作めの印象が強かったこともあるのかもしれないが、この明らかなミスキャストに嫌気がさし、またストーリーも続編に有りがちな内容に感じられてしまったためである。もちろん、これは筆者の個人的感想ゆえ、異論もあるだろうが。ご覧になったことのない方には是非ご覧いただきたい名作である。