結構面白い「ジョン・カーター」 ― 2012年05月07日 15時59分34秒

大苦戦の末、ようやく再就職も決まり、気がつけば世間はGWの大型連休。求職活動中は週5日の夜のアルバイト以外は自宅待機の状態だったゆえ、あまり曜日の観念も薄れていた。
それこそ映画も昼間であろうと観に行こうと思えばできないこともなかったが、やはり求職活動という肩身の狭い身分では到底そんなこともできないし、また金銭的にも精神的にもそんな余裕などなかった。何とか契約社員という身分ではあるが、再就職先が決まり、5月下旬から正式出勤となり、GW中の5月3日に妻とともにいつものパターンの夫婦割を利用して映画を観た。
劇場PR等でも見て、観てみたい…と思っていたのが「ジョン・カーター」だった。しかし、公開から少々日がたっていたこともあるのか、すでに上映は1日に2回しかない。吹替3D版でも3回上映ということで、あまり人気がないのか、はたまた映画も回転率を上げるために1週間から10日もすると、どんどん入れ替えするのだろうかと思った。
劇場PR等でも見て、観てみたい…と思っていたのが「ジョン・カーター」だった。しかし、公開から少々日がたっていたこともあるのか、すでに上映は1日に2回しかない。吹替3D版でも3回上映ということで、あまり人気がないのか、はたまた映画も回転率を上げるために1週間から10日もすると、どんどん入れ替えするのだろうかと思った。

そして当日、上映時間は2回めの18:25からのものだったのだが驚いたことに、何と観客は筆者夫婦2人のみ…という貸切状態だった。こんなことは今まで映画を観に行って初めてである。
さて、では映画はどうだったのか…と言うと、筆者個人の感想は、結構面白いじゃん!である。ディズニー生誕110周年記念映画とのことだが、筆者は特にディズニー映画が好きなわけではない。むしろ、率先して観に行こうとは思わない方である。しかし、今回の映画はSFファンタジー的な雰囲気があったので、観た次第だった。
主人公ジョン・カーターがある出来事から火星の惑星バルスームに瞬間移動してしまう。そこでヘリウム国の王女デジャー・ソリスと知り合い、バルスームの危機を救う戦いに身を投じていく。登場してくる手が4本あるサーク族や奇妙な生物はいかにもディズニーらしい形態である。上映時間が2時間ちょっとで、途中少々中だるみ的に思えないこともなかったが、最後の結末でまぁ何とも見事に帳尻を合せ、そのラスト5分程度の流れでああ、面白かったと思えた映画だった。

吹替3D版なら多分お子さまでも十分楽しめる内容で、筆者としては前述した通り、結構面白いじゃん!と評価するのだが、それにしては一体何故劇場は我々夫婦2人のみの観客だったのだろうか?と思える。たまたまGWだったこともあり、時間帯もやや中途半端で、しかも公開から少々経過していたからだろうか?こういう映画はある程度好き嫌いもあるかとは思うが、評判もそれほどでもないようだが、結構いいと筆者は思う。特に前述したラストの5分程度の一気の展開は見事だと思えるのだが…。
最後にまったくの余談だが、惑星バルスームが、筆者には何度聞いても俳優が「バスルーム」と発音しているようにしか聞こえなかった。字幕を読んでバルスームなのだ、と思いつつも何度聞いてもバスルームに聞こえて、それが妙に気になってしまった。英語のヒアリング力ゼロである。
さすが!?戦火の馬 ― 2012年03月18日 22時30分31秒

だいたいは劇場の予告編を見て、面白そうだなと思うと実際に鑑賞してみることが多いのだが、この映画に限っては、劇場に置かれているパンフレット等では見かけたことがあったと思うが、何故か予告編を見る機会はなく、新聞広告と監督がスピルバーグということで多分面白いだろうと推測して実際に鑑賞してみた。
そもそも戦争物は基本的には嫌いなジャンルに属するのだが、この映画の場合、設定は戦時中ということでも主役が馬ということで、通常の戦争物映画とは違うだろうという想像もあった。果たして、実際に鑑賞してみて面白かった!スピルバーグだからなのかはよくわからないが、まったく時間を気にせず没頭して最初から最後まで鑑賞できた。
父親が本来なら農耕馬を買わなくてはならないところを妙な意地からサラブレッドの馬を購入してしまい、偶然にも子馬の頃を知っていた少年が懸命に世話をして立派な馬に調教するのだが、戦争が始まったために馬は軍隊に強制的に奪われてしまう。そこからこの主人公の馬は飼い主を変え、戦時中の凄まじい状況下で波乱の現実を体験していく。
やがて軍隊に入った少年と偶然にも再会した馬は、今は立派な大人になったかつての少年の元にめでたく戻るという展開なのだが、その過程が単に何かひとつのことだけを描くのではなく、飼い主の移り変わりと同時に、馬同士の友情をも描き、また戦争という悲惨なものへの批難をも訴え、それらがうまくかみ合ってストーリーが展開していく。
そもそも戦争物は基本的には嫌いなジャンルに属するのだが、この映画の場合、設定は戦時中ということでも主役が馬ということで、通常の戦争物映画とは違うだろうという想像もあった。果たして、実際に鑑賞してみて面白かった!スピルバーグだからなのかはよくわからないが、まったく時間を気にせず没頭して最初から最後まで鑑賞できた。
父親が本来なら農耕馬を買わなくてはならないところを妙な意地からサラブレッドの馬を購入してしまい、偶然にも子馬の頃を知っていた少年が懸命に世話をして立派な馬に調教するのだが、戦争が始まったために馬は軍隊に強制的に奪われてしまう。そこからこの主人公の馬は飼い主を変え、戦時中の凄まじい状況下で波乱の現実を体験していく。
やがて軍隊に入った少年と偶然にも再会した馬は、今は立派な大人になったかつての少年の元にめでたく戻るという展開なのだが、その過程が単に何かひとつのことだけを描くのではなく、飼い主の移り変わりと同時に、馬同士の友情をも描き、また戦争という悲惨なものへの批難をも訴え、それらがうまくかみ合ってストーリーが展開していく。

主人公の馬を世話していた兄弟が軍の命令に背いたために銃殺されてしまう悲惨なシーンがあるかと思えば、傷ついた馬を敵味方にも関わらず、協力して助け出すシーンもある。いろいろな要素が1つの展開の中に盛り込まれている。
前述した通り、最後はハッピエンドである。これがもし、主人公の馬が死んでしまうような結末なら、もしかしたらそれはそれで号泣すべき感動があるのかもしれないが、この映画の場合は見終えた後、ハッピーエンドで良かったと、しみじみ思えた。苦難の道を乗り越えてきた馬にとって、やはりどこかで力尽きてしまったらあまりにも切ないではないか。
だから無難にまとめた…という意見もあるかもしれないが、この映画では観客のためにもベストな結末だったと思える。さすがスピルバーグ監督の映画と言うべきなのかはわからないが、見終えた後に清々しさを満喫できる映画だった。
他サイトでのレビューを読むと、いろいろ意見があり、批判的内容のものも見受けられるが、それはそれでいいのではないか?と思う。好みや感じ方は十人十色だし、部分的な細かな分析や設定等はとりあえず、面白いと思ったものは面白い…映画の感想ならずともレビューはそれでいいのではないだろうかと思う。

イメージ違いだけど面白い!ヒューゴの不思議な発明 ― 2012年03月14日 15時44分33秒

劇場に置かれたチラシで見かけた時から是非観たい映画のひとつだった。3月1日封切りで、たまたま1日はサービスデーで入場料が1000円均一という映画ファンにとっては嬉しい日だったので、初日に鑑賞したのがこの「ヒューゴの不思議な発明」である。
当初はそのタイトルやチラシの写真等から完全にファンタジー映画だろうと想像していた。ヒューゴという少年が主人公で、しかも「不思議な発明」というタイトルがつけば、タイムマシンのごとく不思議な装置を天才少年が発明し、そこからファンタジックな冒険でも展開されるのだろうと思っていたのである。
ところが実際には全く違った。ファンタジー的要素がないわけではないが、それよりは一言で言うなら映画ファンのための素敵な映画…という印象だった。
当初はそのタイトルやチラシの写真等から完全にファンタジー映画だろうと想像していた。ヒューゴという少年が主人公で、しかも「不思議な発明」というタイトルがつけば、タイムマシンのごとく不思議な装置を天才少年が発明し、そこからファンタジックな冒険でも展開されるのだろうと思っていたのである。
ところが実際には全く違った。ファンタジー的要素がないわけではないが、それよりは一言で言うなら映画ファンのための素敵な映画…という印象だった。

時計等の精密機械を仕事としていた父親を火事で失ってしまったヒューゴ少年は、父親が残したゼンマイ仕掛けで動くロボットのような人形の修理に没頭していた。その修理に必要な部品を盗むことを繰り返していたヒューゴはオモチャやいろいろな雑貨を店頭で売っている老人にとうとう捕まってしまう。
そこから話はその老人の過去につながっていき、実はその老人がかつては映画制作のパイオニア的存在の過去を持っていたことにつながる。ロボット人形はその老人が唯一、処分できなかった魂のこもった過去の遺物だった。修理が終わったロボット人形が描いた一枚の絵から、やがてそのナゾがつながっていく。そして老人は自ら封印していた過去に対して前向きな姿に転換していく。
だいたいにおいて子どもが主人公の作品というのは面白く、後味が良いものが多いが、この作品も同様にじつにうまく感動させられる。よく考えてみると「不思議な発明」というタイトルは一体何をさしているのか?と思えるが、そんなことはあげ足を取るごとくだから、無視した方がいいのだろう。少なくとも発明とは言い難い内容なのだが、この際はそんな些細なことは考えないべきだろう。見て決して損はないおすすめ映画である。

タイトルがものすごく長くて…? ― 2012年03月12日 10時04分51秒

トム・ハンクスとサンドラ・ブロックが奇跡の共演…などというかなり大げさな宣伝文句があったように記憶しているが、それ以上にまず何とも変わったタイトルである。劇場で入場券を購入する時にタイトルをフルで言うことができず、「ものすごくを夫婦割で」と購入した始末だった。「ものすごく」だけで劇場のスタッフはもちろん理解してくれたが。
正確なタイトルは「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」…そんなタイトルの表す通り、映画の展開そのものもちょっと変わった映画である。主人公の少年もどことなくちょっと普通ではない。もちろんそんな性格設定は父親を9.11のテロによって失ったということからは当たり前の設定なのかもしれないが。
話はその少年が父親が残したメモと鍵から、そのナゾを解こうとする姿を描いていく。母親との感情のすれ違いがあったり、祖母の同居人が実は少年の祖父であり、少年のややこじれてしまっていた精神や感情がノーマルな状態に回復していく流れなのだが、そうした展開がまったく退屈する暇もなくじっくりと鑑賞できる。

タイトルの長さや表面的な内容説明のためなのか、あまり話題にならない印象の映画だが、結構名作と言える素晴らしい作品なのではないかと思った。少年がそれまで自分が訪ね歩いた多くに人たちに宛てて手紙を書き、それを朗読するシーンが終盤にあるが、その時のセリフで非常に印象深いものがあった。「やらないよりはやって失望する方がいい」…失望するということは非常に厳しいものである。その字の通り「望みを失う」ことだが、それすら何もしないことよりましだというのである。何もしないことはいかにショックを受けようが、それ以上にマイナスだと言うのである。これは非常に奥の深い言葉である。
この映画を鑑賞する前日は、事情があり、睡眠時間が3時間ほどしか取れず、映画を見る上では少々悪条件下であった。ちょっとでも退屈すれば一気に睡魔に襲われる危険性があった。しかし、まったく睡魔に襲われることなく、最初から最後まで集中して鑑賞できた映画であった。

麒麟の翼~劇場版・新参者~ ― 2012年02月03日 14時01分31秒

決して毛嫌いしているわけではないのだが、あまり邦画は見ない。日本映画を低く見ているわけではないのだが、よほど気にならない限り、率先して劇場に見に行く気にはならないのだ。ただ、まったく見ないわけではないし、今までも何本かはしっかりと劇場に見に行っている。
今回紹介する「麒麟の翼」は大ヒット作家、東野圭吾さんの小説の映画化であるが、実は特に注目していたわけでもなかった。筆者はテレビよりラジオ派で、車を運転する時がメインだが、ラジオを聞く。そのラジオ番組で、結構頻繁にPRしていたのが、この「麒麟の翼」だった。特に主演の阿部寛さんがゲストで出演し、映画に関わるいろいろなエピソードを話しているのを聞き、まず阿部寛さんの人間性に非常に好感が持てた。

そして、そのインタビューを聞いているうちに、これは結構面白いかも?と思った次第である。ということで、日曜日のレイトショーで見てきた。まだ封切り間もない作品だし、推理というより犯人は誰だ?的な要素ゆえ、レビューとしてそれを記してしまうのはルール違反ゆえ、その件については伏せておくが、面白かった!というのがまず結論である。やはり原作がいいのかもしれないが、かなりしっかりと集中して鑑賞できた作品だった。
主演の阿部寛さんも非常に良かったし、体調的にはもしちょっとでも中だるみするような展開なら思わず睡魔に襲われるような状態だったにも関わらず、まったくそんなこともなく、約2時間という上映時間内、まったく眠くなることもなく集中できた。
話は日本橋にある翼のある麒麟像で青柳武明という男が死んでしまうことから始まる。この中年サラリーマンは中井貴一さんであるが、久しぶりに見て、随分顔がふっくらした印象であった。それはともかく、そこから事件のナゾ解きが始まり、刑事・加賀恭一郎(阿部寛)が活躍する。容疑者がすぐに浮かび上がるが、その容疑者は逃走中に事故に遭い、意識不明の重体の末、死んでしまう。

中井貴一さん扮する青柳武明は、日本橋周辺の七福神巡りをしていたことがわかるが、一体なぜそのようなことをしていたのか?そのナゾ解きも真犯人解明への糸口となる。
前述したが、筆者はラジオで阿部寛さんのインタビュー等を聞き、ロケにまつわるエピソードなどを聞いていたから、場面の途中で、これがあのラジオで言っていた場所か…などとまた別の意味でも認識を深めたことも鑑賞とは別に興味深いことだった。
世間的評判はどうなのか、わからないが、筆者としては決して見て損する作品ではないと思う。こうした推理的作品は、途中の早い段階でネタばれしてしまうと結構シラケるものだが、その点でも筆者が鈍感なのかもしれないが、ある程度まで興味を持てたことが、退屈することなく、時間を気にすることなく、まったく睡魔にも襲われなかった理由かと思う。

ただ、この映画のガッカリした点は、名の売れた役者さんたちは、もちろんまったく問題ないのだが、登場人物の中で正直なところ、勘弁してくれ!と思いたくなるようなキャラクターがいたことである。誰と誰…とは言わないが、出演者に上手い下手のギャップが大きすぎたと感じた。セリフの言い回しもそうだし、演技そのものも、もう少しマシな役者はいなかったの?と言いたくなる登場人物がいた。
これはもしかしたら、邦画でセリフが当然日本語ゆえ、余計気になったのかもしれない。洋画では、ほとんどこのような感覚を味わったことはないのだが、それは字幕だからなのかもしれないが、やはり脇役的存在であっても、例えエキストラ的にチョイ役で登場するキャラであろうと、あまりにもレベルが低いと、少々ガッカリしてしまうものである。結構、締まった展開で、実力ある役者さんたちも良かっただけにその点だけが残念なことだった。まぁ、それはともかく筆者としてはしっかり集中して鑑賞できる面白い映画だったと評価できるのではないかと思う。

運のツキ始め? ― 2012年01月24日 09時26分38秒
ここ数年来はまったく運に見放されたかのごとく状況である。何とか打開策を…と思っても、まったくその出口がつかめない。「明けない夜はない」という格言は、そんな状況を数年継続している自身にとっては唯一の希望的格言だが、それにしても夜が長い。もういい加減にどん底の底辺だろう、あとは落ちることはない、上昇するのみ…と思いきや、まだ底があったと思える事態になると、ますます凹んでしまう。
昨年10月末で、長年勤務した会社を退職し、新たなな職場を探すもまったくアテもなく、現在は夜3~4時間のバイトを週5日のみで、ハローワークやらネット求人で就活の最中。家のローンをまだかかえ、月々の生活費を含め、退職金の切り崩しでしのいでいるものの、たかが知れた退職金ゆえ、1年ももたず底をついてしまうから何とか就職口を…と思っているのだが、中高年のためか厳しい状況が続いている。
自己都合退職のため、失業保険の給付も3ヵ月の据え置き期間があるため、実際の給付は2月下旬からのため、中途半端にフルタイムのバイトなどもできない。未だかつてない状態で年越しをし、とにかく何かしなくては、と今は就活をしつつ、夜のバイトをし、居住以来まったく手つかずだった家のリフォームをコツコツとやる日々。唯一の癒やしは愛犬イタリアン・グレーハウンドのQちゃんとの時間。しかし、このQちゃんも活動的な犬ゆえ、毎日の散歩が必須である。世間的にあまり日中ブラブラしていたくないのだが、極力散歩は筆者が行くようにしている。
そんなある日のことである。いつものようにQちゃんを連れて散歩に出た。ものの5分もしないような地点で、突然右後頭部あたりに何かが落ちてきた。あまりに突然でビックリしたが、早足で歩くQちゃんのリードを放すわけにはいかない。歩きながらも一体何事だ?と思いつつ、急いでハンカチで右後頭部あたりを拭いてみると…何と!フンが降ってきたのであった。上を見ると電線にカラスがとまってカァカァ鳴いている。さては!…そう、何とカラスの分が筆者の右後頭部に降ってきたのである。
非常に不快である。急いでハンカチで再度拭くと、何やらあの独特の色の汚れがついた。何度も慌ててハンカチで右後頭部を拭いた。しかし、手にはQちゃんを連れるリードがある。しかも彼は歩くのが極端に早く、しかもパワフルゆえ、落ち着いて頭に降りかかってきたフンを拭うこともできない。家に戻ろうかとも思ったが、ええ~い!面倒だ!と結局そのまま何度も頭をハンカチで拭いて、髪の毛を手ぐしで何度モバサバサさせながら散歩を継続した。
いつもなら散歩途中、どこかでウンチをするQちゃんだが、その日に限っては途中ウンチはなかったのだが、何と飼い主である筆者が、カラスのフンに大当りしたのである。家に帰って妻に話すと、どうやら妻も同じ目にあったことがあったようで、そのことを知人に話したら、「笑っちゃ悪いけど、ウンがつくかも」と言われたとのこと。
なるほど、確かにフン=ウンチ=ウン=運ということで、それが降ってきたということは運がつく…ということになる。そもそも歩いていて上空から降ってくる鳥のフンに大当りする確率とは一体どの程度なのだろうか?空を飛ぶ鳥や電線にとまっているカラスなどがフンをして、それに偶然にも大当りするのは日常的にあっても、まったく不思議なことではないが、その確率は一体いかほどのものなのだろうか?
思わぬアクシデントであったが、果たして筆者にウンがつくのだろうか?どうせならこのどん底、運がついてほしいものである。ちなみに家に帰って、すぐに洗髪したのは言うまでもない。突然のアクシデントも捉え方によってはプラスになる?ものである。
昨年10月末で、長年勤務した会社を退職し、新たなな職場を探すもまったくアテもなく、現在は夜3~4時間のバイトを週5日のみで、ハローワークやらネット求人で就活の最中。家のローンをまだかかえ、月々の生活費を含め、退職金の切り崩しでしのいでいるものの、たかが知れた退職金ゆえ、1年ももたず底をついてしまうから何とか就職口を…と思っているのだが、中高年のためか厳しい状況が続いている。
自己都合退職のため、失業保険の給付も3ヵ月の据え置き期間があるため、実際の給付は2月下旬からのため、中途半端にフルタイムのバイトなどもできない。未だかつてない状態で年越しをし、とにかく何かしなくては、と今は就活をしつつ、夜のバイトをし、居住以来まったく手つかずだった家のリフォームをコツコツとやる日々。唯一の癒やしは愛犬イタリアン・グレーハウンドのQちゃんとの時間。しかし、このQちゃんも活動的な犬ゆえ、毎日の散歩が必須である。世間的にあまり日中ブラブラしていたくないのだが、極力散歩は筆者が行くようにしている。
そんなある日のことである。いつものようにQちゃんを連れて散歩に出た。ものの5分もしないような地点で、突然右後頭部あたりに何かが落ちてきた。あまりに突然でビックリしたが、早足で歩くQちゃんのリードを放すわけにはいかない。歩きながらも一体何事だ?と思いつつ、急いでハンカチで右後頭部あたりを拭いてみると…何と!フンが降ってきたのであった。上を見ると電線にカラスがとまってカァカァ鳴いている。さては!…そう、何とカラスの分が筆者の右後頭部に降ってきたのである。
非常に不快である。急いでハンカチで再度拭くと、何やらあの独特の色の汚れがついた。何度も慌ててハンカチで右後頭部を拭いた。しかし、手にはQちゃんを連れるリードがある。しかも彼は歩くのが極端に早く、しかもパワフルゆえ、落ち着いて頭に降りかかってきたフンを拭うこともできない。家に戻ろうかとも思ったが、ええ~い!面倒だ!と結局そのまま何度も頭をハンカチで拭いて、髪の毛を手ぐしで何度モバサバサさせながら散歩を継続した。
いつもなら散歩途中、どこかでウンチをするQちゃんだが、その日に限っては途中ウンチはなかったのだが、何と飼い主である筆者が、カラスのフンに大当りしたのである。家に帰って妻に話すと、どうやら妻も同じ目にあったことがあったようで、そのことを知人に話したら、「笑っちゃ悪いけど、ウンがつくかも」と言われたとのこと。
なるほど、確かにフン=ウンチ=ウン=運ということで、それが降ってきたということは運がつく…ということになる。そもそも歩いていて上空から降ってくる鳥のフンに大当りする確率とは一体どの程度なのだろうか?空を飛ぶ鳥や電線にとまっているカラスなどがフンをして、それに偶然にも大当りするのは日常的にあっても、まったく不思議なことではないが、その確率は一体いかほどのものなのだろうか?
思わぬアクシデントであったが、果たして筆者にウンがつくのだろうか?どうせならこのどん底、運がついてほしいものである。ちなみに家に帰って、すぐに洗髪したのは言うまでもない。突然のアクシデントも捉え方によってはプラスになる?ものである。
いいじゃん!リアル・スティール ― 2012年01月14日 10時00分12秒

少々前の話になってしまうが、正月2日のレイトショーで「リアル・スティール」を見てきた。この映画は昨年から気にはなっていたのだが、なかなか時間的に余裕が持てず先送りしていた。
実際に見てみての感想だが、映画好きの方ならまず真っ先に「ロッキーのロボット版じゃん!」と思うのではないかと思う。シルベスタ・スタローンのあの「ロッキー」である。その「ロッキー」シリーズの最初の作品をそっくりそのままロボットに置き換えたかのごとく映画がこの「リアル・スティール」と言っても言い過ぎではないと思えるほどである。

ロッキーはガラクタ置き場から主人公の1人である少年に拾われ、再生されたロボットATOMであり、チャンピオンのアポロは最強のロボット・ゼウスである。ロッキーが無名にも関わらず、チャンピオン・アポロへの挑戦権を得て、晴れのリング上で善戦するが、無念にも判定でアポロに敗れる。まさにその展開通り、リアル・スティールでもATOMがゼウスの猛攻に耐えて反撃し、最終ラウンドではダウンを奪うも、おしくも判定で敗れる。
もちろん、リアル・スティールの場合、主人公はロボットではなく、それを操作する少年と、かつて親権放棄した父親であり、その親子関係なども絡んでいるので、まったくロッキーの焼き直しではない。
しかし、恐らくご覧になった多くの方が、「ロッキーじゃん!」と思ったことだろう。
筆者も確かに見終わった後、真っ先に「ロッキーじゃん!」と思った。…が、同時に「それが何か?いいじゃん!ロッキーのロボット版でも!」と思った。つまり肯定である。ロッキーは確か6作までだったか、あったと思うが、筆者は5作までは見たが、基本的には話の展開はワンパターンである。

そして最後にぐ~と盛り上がって、おしまいという展開である。それが毎作想像できながらもつい見てしまう。特に4作めの「ロッキー炎の友情」だったかがシリーズ内ではもっとも好きである。マシンのようなロシアのボクサー・ドラコに打ち勝つロッキーは感動ものである。
簡単に言ってしまえば、筆者の場合、ロッキーがお気に入りでもあるゆえ、今回の「リアル・スティール」も肯定するのかもしれないが、この作品の場合、子どもが絡むことで単に格闘映画ではなく、ロッキーより幅広い支持層を獲得できるのではないかと思う。全体の展開としては、再三記した通り、ロッキーシリーズの最初の作品の焼き直しではあるが、筆者はそれで大いに結構と思ってしまう。
ロッキーも何度か繰り返し、DVD等で見て、すっかり話の筋がわかっていながらも、最後のクライマックスで感動してしまうのと同様に、この「リアル・スティール」ももう一度見てもいいかな…と思える作品である。格闘映画とかがお気に召さない方にはどうかと思えるが。

面白い!おすすめ!猿の惑星ジェネシス ― 2011年10月10日 09時39分24秒
先般、映画を見に行った際にその予告編で見てから、これは是非見てみたい…と目をつけていた映画である。映画好きな方なら「猿の惑星」と言えば、第1作にあのチャールストン・ヘストンが主演した映画を思い出すだろう。
筆者も年代的にはその年代ゆえ、この予告編を見た時、かつての「猿の惑星」とはまったく質の異なる映画なのだろうことは想像できたが、今回の「猿の惑星ジェネシス」はまさに「猿の惑星」でありつつ、まったく以前のシリーズとは異なる作品だと言えるかと思う。
主人公の製薬研究所に勤務する青年がアルツハイマー病に効果的な新薬の開発に成功し、それをチンパンジーに投与するのだが、そのチンパンジーが子どもを宿したまま研究所で暴れたために射殺されてしまう。そのDNAを受け継いだ子どものチンパンジー「シーザー」が高度の知能を持ったチンパンジーとして成長するのだが、この映画の幅広い点は、単にSF的な内容などではなく、アルツハイマー病という現代医学ではお手上げ状態となっている病気に対しての画期的な新薬開発と、主人公の青年にアルツハイマー病を患っている父親がいて、新薬の研究開発はイコール自身の父親をも助けたいという設定ということである。
一端は回復した父親だが、時間とともに新薬に対する抗体ができ、より強力な作用を持った新薬を開発するが、それはチンパンジーにとっては驚異的な脳の発達を促すが、人間には悪影響を及ぼす結果となる。予告編での「進化は彼らを選んだ」という宣伝コピーはこのことを指した非常にツボにはまったものである。
高度な知能を要し、たくさんのチンパンジーやゴリラやオランウータンたちのボス的存在となったシーザーは、飼い主だった青年に別れを告げて本来の自分の仲間との道を選択するのだが、かつての「猿の惑星」とはこうした展開や結末も、その性質がまったく異なることの点である。

以前の「猿の惑星」は宇宙飛行士のチャールストン・ヘストンが不時着した惑星が猿の支配する惑星で、その追っ手からようやく逃げて、辿り着いた場所は過去の遺物が葬られている「禁断の区域」で、破壊された自由の女神像を目にし、不時着した場所が、じつは未来の地球そのものだったという衝撃的シーンで続編に続いていくものだった。
今回の「猿の惑星ジェネシス」が、果たして続編があるのか、あるとしたらどのような展開になるのか、そのあたりはわからないが、映像技術的には当然ながらリアル感があり、大いに楽しめる作品ではないかと思う。
以前の「猿の惑星」をご存知ない若い方は、今回の「猿の惑星ジェネシス」をご覧になったら、是非過去の「猿の惑星」もレンタルDVDででも鑑賞してみるといいかと思う。同じタイトルを冠した映画ではあるが、これはどちらがどう、と比較対照すべきものではないと思える。なぜなら、まったく切り口が異なる作品ゆえ、まったく違う映画として捉えるべきだと思うからである。「猿の惑星ジェネシス」は筆者としては必見のおすすめの1本である。
筆者も年代的にはその年代ゆえ、この予告編を見た時、かつての「猿の惑星」とはまったく質の異なる映画なのだろうことは想像できたが、今回の「猿の惑星ジェネシス」はまさに「猿の惑星」でありつつ、まったく以前のシリーズとは異なる作品だと言えるかと思う。

一端は回復した父親だが、時間とともに新薬に対する抗体ができ、より強力な作用を持った新薬を開発するが、それはチンパンジーにとっては驚異的な脳の発達を促すが、人間には悪影響を及ぼす結果となる。予告編での「進化は彼らを選んだ」という宣伝コピーはこのことを指した非常にツボにはまったものである。
高度な知能を要し、たくさんのチンパンジーやゴリラやオランウータンたちのボス的存在となったシーザーは、飼い主だった青年に別れを告げて本来の自分の仲間との道を選択するのだが、かつての「猿の惑星」とはこうした展開や結末も、その性質がまったく異なることの点である。

以前の「猿の惑星」は宇宙飛行士のチャールストン・ヘストンが不時着した惑星が猿の支配する惑星で、その追っ手からようやく逃げて、辿り着いた場所は過去の遺物が葬られている「禁断の区域」で、破壊された自由の女神像を目にし、不時着した場所が、じつは未来の地球そのものだったという衝撃的シーンで続編に続いていくものだった。
今回の「猿の惑星ジェネシス」が、果たして続編があるのか、あるとしたらどのような展開になるのか、そのあたりはわからないが、映像技術的には当然ながらリアル感があり、大いに楽しめる作品ではないかと思う。
以前の「猿の惑星」をご存知ない若い方は、今回の「猿の惑星ジェネシス」をご覧になったら、是非過去の「猿の惑星」もレンタルDVDででも鑑賞してみるといいかと思う。同じタイトルを冠した映画ではあるが、これはどちらがどう、と比較対照すべきものではないと思える。なぜなら、まったく切り口が異なる作品ゆえ、まったく違う映画として捉えるべきだと思うからである。「猿の惑星ジェネシス」は筆者としては必見のおすすめの1本である。

最近のコメント